ザノンフィクション「ブータンで愛の告白」の回を観て

日曜日の午後にやっている番組。自分は録画で観ることが多い。その時間は外に出掛けていることが多いし、穏やかな日曜の午後に観るには少し心に重かったりするからだ。

主人公は「松尾茜さん」ブータンで単身で暮らすアラサー女性の物語である。日本で一度は結婚していたものの、結婚の途中でブータンでの仕事に就き、夫婦は離れて暮らすことになる。そして赴任が長くなり結局は離婚。そして孤独と向き合いながら、ブータンでの観光事業の仕事を続けている。物語は更に進み、ブータンのイケメン男性に告白され付き合うことに、そしてその数週間後にはプロポーズを受ける。

 

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そんな中、ブータンの農村で知り合った女の子の話を聞き、彼女の気持ちが揺れ動いていく。日本に帰って親のそばに居てあげるのか?それとも真っ直ぐ気持ちを伝えてくるブータンの男性と結婚してこの地に残るのか心が揺れ動いているのだろうと思う。年齢ももう30歳だし、結婚して子供も早く欲しい。

最初に断っておくが、ノンフィクションといいながら、そんなプロポーズの場面にカメラが遭遇したりすることはありえないと思うし、多少のリップサービスがあることは確か。それでも毎回見入ってしまう。

こういう番組を観ると本当に「色々な人生があるな」と感じる。それに比べて自分の人生は刺激が少なく、変化も乏しい。それが良いか悪いかは別として退屈な人生だ。「変化が無い=安定している」という図式に表せないこともないが、せっかくこの世に生まれたのだから、思い切って他の事にチャレンジしたり、何かに熱中した方が良いのでは?と考えることがある。

 

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ブータンは世界一幸せな国と言われる。それは皆が「必至に生きていること」が実感できるからだろう。先日のサッカーU16の試合でも日本代表が格下の「マリ」というアフリカの国に2-1で負けた。その後の記事を拾い読むと、彼らは「生きるためにサッカーをしている」という大きな違いがある。サッカー選手になって家族を支えたいという気持ちが強いのだ。それを聞いた時、このブータンの話とサッカーの試合は共通点があって「情熱」は何にも勝るということなのだなと思った。

「ブータンが幸せな国?」と思う人も沢山居るだろう。高層ビルが立ち並ぶ訳でもないし、インターネットが発達したり、食べ物が充分にあったりするわけでもない。日本人からみればとてもとても「裕福」とも「幸せ」とも言えない国だ。ではなぜ幸せなのか?

自分なり出した答えは「情熱的に生きることができる」からだと思う。日本では人間関係が希薄なまま集団に属して働き、わずかな蓄えで小さな家に住み、インターネットで時間を潰して生きている。それは「幻覚」と「幻想」の中を彷徨い、あたかも「自分は裕福で幸せだ」と思い込んでいるに過ぎない。実は頭の中で理解しているが、それを表に出さないように、出さないようにしているだけ。皆、本当に幸せは何なのかというのを知っているはずなのに。

 

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もちろん幸せの尺度は人によって違う。インターネットをしているのが幸せだという人も居るだろうし、人とお酒を飲みながら話しているのが幸せだと感じる人もいる。ポイントはそれが「情熱的かどうか?」だ。「何かに熱中する」「誰かの為を思ってやる」そして何よりも「自分が楽しく居られるか」「生きていて楽しいか」

そんな当たり前の事を考えるチャンスは普段の生活であまり無い。ザノンフィクション「ブータンで愛の告白」の内容を深読みしすぎなのかも知れないけど、そういう事を今一度考えるきっかけとなった。

人は歳を重ねるにつれて、自らの考えだけでは行動できないことも多い。そしていつからか自分の人生をディスカウントして生きるようになってしまう。自分を取り巻く人の「人生」も大事だが自分の「人生」もすごく大事だ。だからディスカウント(=諦め)は可能な限り少なくしたい。そしていくつになっても「情熱的で」「チャレンジし続ける」人生にしたいと思った。そういう気持ちを思い起こさせる番組だった。

是非、チャンスがあったらBSフジでやっている再放送などで観て自分の「生きるヒント」になれば良いかなと思う。

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